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慶応が大阪進出。
慶應義塾大学が阪大病院跡地に進出するということが、正式に決定したとのことです。

去年1月に日経で報道されていたのですが、先走り記事に終わらず、実現しました。
 →ぬるぽニュース:慶應義塾大学が大阪進出(2006年01月06日)

ちょうど1年後の今日、発表されたのが以下の記事です。

朝日:福沢諭吉の生誕地大阪に慶応大が拠点 創立150年事業(2007年01月11日)(キャッシュ)
 慶応大が創立150年にあたる来年の春、創立者の福沢諭吉が生まれた大阪市に、西日本では初めてとなる拠点を設けることを決めた。福沢の生誕地を含む阪大医学部付属病院跡地の再開発ビルのフロアを借り、インターネット回線を通じた遠隔授業や産学連携による研究を行う。学術文化施策による都市再生を目指している大阪市が強く誘致を働きかけていた。慶応大側には「関関同立」人気が根強い関西でブランド力を高める狙いもあるとみられ、大学全入時代の私学間競争にも一石を投じそうだ。
 慶応大によると、大阪進出は昨年12月15日の理事会で正式に決まった。同大には東京都港区の三田キャンパスを始め、都内と神奈川県に計5キャンパスがあり、川崎市と山形県鶴岡市に研究拠点、都心の千代田区に社会人教育の拠点が置かれているが、西日本にはこれまで足場がなかった。
 阪大病院跡地の再開発地区は大阪市福島区の堂島川に面しており、慶応大の拠点は建設中の14階建てビルの3階に置かれる。広さは未定だが、400平方メートル程度になる予定。
 当面は、08年4月に横浜市の日吉キャンパスに新設される大学院の「メディアデザイン研究科」と「システムデザイン・マネジメント研究科」(いずれも仮称)の講義を学生や社会人が受講できる遠隔セミナーを実施。関西圏の企業との産学連携の研究拠点としても活用する。同キャンパスにあるビジネススクールによる利用も検討する。
 慶応大は大阪進出について、「私学間競争など戦略的な要素はまだ想定していない。あくまでも創立者の生誕地を大事にする思いからだ」と説明。大阪市の関淳一市長は「慶応は大阪とは大変ゆかりの深い大学で、市民に親近感がある。拠点設置は大阪の再生にも貢献すると期待している」と話した。
 福沢諭吉と大阪 福沢諭吉は江戸時代末の1835年、現在の大阪市福島区にあった中津藩(現大分県中津市)の蔵屋敷で、下級藩士の子どもとして生まれた。1歳6カ月の時、父の死去で中津藩に転居したが、その後、蘭学者の緒方洪庵が開いた私塾「適塾」で学ぶため、1855年から約3年半を大阪で過ごし、塾長も務めた。慶応大創立後も地方の学生の不便を考え、初の分校を1873年に大阪に設立、1年半余り続いた。

なお、毎日新聞の記事には、工場等規制法についても言及しています。

毎日新聞:慶応義塾:大学院サテライトを阪大病院跡地に開設 来春
 大阪市では、国土の均衡発展を目的とした工場等制限法(1964年)によって大工場や大学の新・増設が制限されたことから、企業や大学の郊外流出が相次いだ。02年に同法廃止後、市は大阪府とも連携し、補助金を用意するなどして企業や大学誘致を積極的に進めている。慶応義塾には03年ごろから事務レベルで働きかけを開始。05年12月には関淳一市長が慶応義塾の安西祐一郎塾長を訪ね、大阪進出を要請するなど“トップセールス”も展開した。
産経:大阪に慶応大の拠点 阪大病院跡に開設 関西私大は危機感
水都・OSAKAαプロジェクト(大阪市・福島一丁目地区都市開発)

大阪市プレスリリース:慶應義塾の大阪拠点の設置について

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by nakano-shima | 2007-01-11 23:50 | ニュース
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