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市が東洋初のロボット「学天則」を復元
大阪には東洋で初めてプラネタリウムが設置されたが、東洋初のロボット「學天則」がつくられたのも大阪である。

現在、レプリカは大阪市立科学館に展示されていますが、今回、市が実際に動くものを復元することにしたそうだ。

朝日:大阪が生んだ日本初のロボット「学天則」復元へ 大阪市(2007年02月08日)
 約80年前に大阪で作られ、日本初のロボットといわれる「学天則(がくてんそく)」を、大阪市が復元することになった。市立科学館の学芸員が製作業者と協力、2100万円をかけて、07年度中の完成を目指す。大阪市はロボット産業に力を入れており、08年7月に新装オープンする科学館の目玉にするとともに、完成までの過程を子どもたちに公開し、理科離れの防止にも役立てたい考えだ。
 科学館によると、学天則は1928(昭和3)年、大阪在住の生物学者、故西村真琴氏が製作し、昭和天皇即位を記念して京都で開かれた博覧館に出展された。
 巨大な人形が机に座ったような形をしており、高さ約3.5メートル、幅約3メートル。名前の由来は「天則(自然の摂理)に学ぶ」。チェコの作家チャペックが20年に書いた戯曲で初めて「ロボット」という言葉を使った直後だったため、日本初のロボットと評されている。
 右手にペン、左手に「霊感灯」と呼ばれるライトを持ち、ゴム管を通じて送り込まれた空気圧を動力に、腕を動かし、目を閉じたりほおを膨らませたりして表情を変えた。肌は金色で葉っぱの冠をかぶっていた。
 博覧会後、現物は行方不明になり、科学館が92年に外観だけを模した小型のレプリカを作って展示しているが、動かすことはできない。設計図が現存しないため、今回の復元は当時の写真や文献だけが手がかりだ。
 市はロボットの能力を競う「ロボカップ世界大会」を05年に開催するなど、ロボット産業に力を入れている。07年度中に子ども向けの「大阪ロボット講座」(仮称)を開き、復元の過程も公開する。市教委の担当者は「大阪の科学技術力の原点ともいえる学天則を通じ、次世代の技術者を育てたい」と話している。

読売新聞:日本初のロボット「学天則」復元へ…大阪市(2007年2月8日)
 大阪市は、昭和初期に大阪でつくられた日本初のロボット「学天則(がくてんそく)」を2007年度に約2100万円かけて復元する。戦前に世界各地の博覧会で展示されたが、現存するのは外見を模したレプリカだけという〈幻の逸品〉。製作工程を撮影した当時の写真などを参考に、世界を驚かせた精巧な技術を現代によみがえらせ、ロボット産業育成を目指す大阪の底力をPRする。
 学天則は、生物学者の西村真琴(1883~1956)が大阪在住中に製作し、1928年(昭和3年)、京都で開かれた大礼記念博覧会に出品した。高さ約3.5メートルの半身像で、「天則(自然の法則)に学ぶ」という意味を込めて命名。体内に巡らせたゴム管に空気を送ることで文字を書き、表情を変える姿に、注目が集まったという。
 戦前、ドイツの博覧会に出品された後、行方不明に。市立科学館(北区)に複製品が飾られているが、入館者から「動く姿が見たい」との声が上がっていた。

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by nakano-shima | 2007-02-09 23:23 | ニュース
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